「赤とんぼ」の歌詞の意味を調べてみました。~ねえやってだれ?~

日本で育った人なら一度は聞いたことがあるであろう童謡、赤とんぼ。
その歌詞の意味をご存じですか?
歌詞に出てくる「15でねえやは嫁に行き」の「ねえや」とは誰のことなのでしょうか。
そして、なぜ、「ねえやが嫁に行」ってしまうと「お里の便り」が絶え果ててしまったのでしょうか。
子供に歌詞の意味を聞かれたのをきっかけに、赤とんぼの歌詞の意味について調べてみました。

赤とんぼの歌詞ってどんなだったっけ?

冒頭はあまりにも有名な赤とんぼですが、
全ての歌詞を正確に覚えている方は意外と少ないのではないでしょうか。
まず最初に、赤とんぼの歌詞を復習してみましょう。

夕焼け小焼けの赤とんぼ おわれてみたのはいつの日か
山の畑の桑の実を 小かごに摘んだはまぼろしか
十五で姐(ねえ)やは嫁にいき お里の便りも絶えはてた
夕焼け小焼けの赤とんぼ とまっているよ竿の先

それでは、歌詞の意味を紐解いていきましょう。

赤とんぼの主人公は誰?

冒頭の1行「夕焼け小焼けの赤とんぼ おわれてみたのはいつの日か」から浮かぶのは、こんな情景です。
季節は秋。時間は黄昏。
赤く染まった原っぱには赤トンボが行き交っています。
おんぶされた1人の子供が、誰かの背中から原っぱを見ています。
さて、この子供は誰なのでしょうか。
この子供は作詞家の三木露風氏自身だと考えることができるそうです。
つまり、「赤とんぼ」は作詞家の三木露風氏が、自身の故郷を懐かしむ歌と解釈することができます。
2行目「山の畑の桑の実を 小かごに摘んだはまぼろしか」は、
故郷の畑で、桑の実を摘んだことを懐かしく思い返している様子が伺えます。
さて、問題は3行目。

「ねえや」はお姉さんではない??

素直に読むと「15で姉やは嫁に行き」は、自分のお姉さんが15歳でお嫁に行ってしまったことを示しているように読めます

しかし、歌詞を見ると、「ねえや」は「姉や」ではなく「姐や」のようです。
ここで、「姐や」という言葉について辞書を見てみましょう。
すると、「姐や」とは、昔、年の若い女中や下女を親しんで呼ぶときに使った言葉であることが分かります。
つまり、「姐や」は三木露風氏のお姉さんを示すのではなく、
三木露風氏の家で雇われていた子守娘を示すと考えるのが自然です。

なぜねえやが嫁に行くと、お里の便りが絶えるのか

歌詞を見ると、姐やが嫁に行ったことにより(原因)、お里の便りが絶えた(結果)という流れのようです。
なぜねえやが嫁に行くと、お里の便りが絶えてしまうのでしょうか。
これには三木家の家庭の事情が絡めた、以下の解釈をすることができるそうです。

三木露風氏は5歳ころに両親が離婚し、祖父宅にひきとられています。
赤とんぼの歌詞の舞台となっている故郷(お里)は、三木露風氏が5歳ころまで住んでいた故郷を指すと考えられるそうです。
そして、姐やは、両親と一緒に暮らしていたとき、つまり、故郷にいた時に三木家で雇われていた女中さんだったのでしょう。
三木露風氏は、両親の離婚により故郷を離れた後も、「姐や」に故郷の様子を伝えてもらっていたようです。
そう、「姐や」は、三木露風氏が故郷の様子を知るための唯一の連絡手段だったのです。
そのような状況下、「姐や」が嫁に行ってしまいます。
「姐や」が嫁に行ってしまったので、三木露風氏はもうお里の便りをしるすべがなくなってしまったのです。

確かにこう解釈すると、あねやが嫁に行ったことと、お里の便りが絶え果てたことの因果関係がしっくりきます。

まとめ

赤とんぼは作詞家三木露風氏が自身の幼少期に過ごした故郷を懐かしむ歌と解釈することができる。
あねやは、故郷にいた時に三木家で雇われていた女中さんを示し、
「十五で姐(ねえ)やは嫁にいき お里の便りも絶えはてた」とは、
「姐や」が嫁に行ってしまったので、三木露風氏はもうお里の便りをしるすべがなくなってしまった、と考えることができる。

雑感

先日のことでした。
まだなかなかうまく口が回らない長男に
「15でねえやはヨメイって何?」
と聞かれました。

その時私は、「お姉さんが15歳で結婚したってことだよ」と教えてしまったのですが、
後から調べてみて、どうやら間違いだったことに気づきました。
赤とんぼは1921年に作られた歌だそうです。
100年近くも子供達が歌い続けてきた歌なのですね。
にもかかわらず、多くの日本人が歌詞の本当の意味を知らないのはなんだか不思議に思います。

歌詞の意味はわかないままに5歳の長男が、
「15でねえやはよめにいき・・・」
と口ずさんでいるのをみると、大人になったら少しずつ本当の歌詞の意味を教えてあげようと思ったのでした。